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2009年4月

2009年4月24日 (金)

ひばりん村通信Vol:154   近代の林業政策  最終回

施業は、天然更新を主体にしながら、現実林の構成状態、すなわち林冠郡の種類や集合の状態、ひば稚樹の発生状況、地床植物の状態、現実林がどのようにして成立したかを、判断して「森林構成郡を基礎とするヒバ天然林の施業法」に準拠して、

将来この林分がどの様に推移するかを想定して、それへの誘導を図って行くことであった。

しかし、長時間で培しなったヒバの大部分は、戦争や復興材、経済的な理由により、大径良材が撰伐されたため、林相が、破壊され良材の減少と蓄積が低下してきた。

その様なわけで、現在の青森ヒバの蓄積は、1270万立方メートルとなっているようです。Photo

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2009年4月18日 (土)

ひばりん村通信Vol:153 近現代の林業政策Vol:2

大正時代の末期から、昭和のはじめにかけて、下北地方のヒバ林は、一部を除いて択伐作業が採用されてきたようです。

下北地方のヒバ林の林相が、複層林となっているので、幼齢木等の犠牲をすくなくするという理由であったのですが、回帰50年があまりにも長いため、この経営案の実施期間は短く

択伐作業は稚樹の生育の不良なことと、事実上の不利、不便を理由として、変則的ではあるようですが、前更作業に改めたようです。1

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2009年4月 6日 (月)

ひばりん村通信Vol:152 近現代の林業政策Vol:1

近代国家ノスタートを切った、明治政府は中央集権を確立して、旧藩有林は国有林にそのほとんどが編入された。

この当時は、森林管理不足から盗伐も相当に行われ、特に津軽地方では被害が激しく、この悪弊は明治の末期まで続いていたようです。

1899年国有林法が制定され、国有林の施業案編成業務が始まり、津軽地方は1905年に編成を終わり、翌年から下北地方の編成に移り、1912年に終了した。この後は、10年の定期検討が行われ、現在に至っているようです。Photo

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